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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15905号 判決 1990年7月06日

原告 牧山商事株式会社

右代表者代表取締役 牧山さと

右訴訟代理人弁護士 大谷恭子

被告 ケネス・バージェス

右訴訟代理人弁護士 藤平国数

主文

一  被告は、原告に対し、その賃借する別紙物件目録記載の建物の月額賃料として、平成元年四月分につき一三万円、同年五月分以降につき一三万三九〇〇円の支払義務のあることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、その賃借する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の月額賃料として、平成元年四月分につき一三万円、同年五月分以降につき一三万三九〇〇円、平成二年六月分以降につき一四万五二三〇円の支払義務のあることを確認する。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五六年一〇月一五日被告に対し、本件建物を、賃料月額一〇万円、期間二カ年の約束で賃貸した。

2  その後右契約は更新され、昭和六二年六月一五日をもって、賃貸借期間が満了し、以降は期間の定めのない賃貸借となった。

3  原告は、平成元年三月二八日被告に対し、内容証明郵便をもって家賃月額を一三万円とし、これに同年五月分以降の消費税として三九〇〇円を付加して支払うよう求めた。

二  原告のその後の家賃増額の意思表示

原告は、鑑定人佐野秀雄の鑑定の結果に基づき、平成二年五月一七日被告に対し、同年六月分以降の家賃を一四万一〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたと主張する。しかし、この点については、これを認めるべき証拠がない。もっとも、同年六月一日の本訴第四回口頭弁論において、右の意思表示を含む準備書面が陳述され、これに対し、被告訴訟代理人において答弁がされたことにより、右の日より後に支払期の来る家賃(すなわち同年七月分以降の家賃)については、その旨の意思表示が被告に到達したものと認められる。

三  争点

本件建物の平成元年四月分以降及び平成二年七月分以降の相当家賃の額

第三争点に対する判断

一  鑑定人佐野秀雄は、本件建物の平成元年四月一日及び平成二年四月一日における相当家賃額を次のようにして算出している。

1  本件建物を含む共同住宅兼事務所の所在する地域は、営団地下鉄銀座線「表参道」駅の北東方約三〇〇メートルにあり、国道二四六号線の東側背後地であり、付近には低層の一般住宅、アパート、マンション等が混在し、都心に近く、赤坂、六本木地区との地縁的な関係から、逐次中・低層のマンション、会社寮等の多い住宅地域に変貌している。近隣地域は周辺地域に比し、画地規模、巾員、系統連続性等街路条件のやや劣る地域であるが、駅に比較的近く、青山通り沿い高度商業地帯の背後に位置しているため、営業所、事務所等が多く見られる業務移行地的住宅地であり、今後もこの傾向は続くと考えられるので、右地域の標準的使用は二〇〇m2程度の敷地上に建つ、低層の一般住宅及び業務兼用建物であると判定した。

2  本件建物を含む共同住宅兼事務所は、港区青山三丁目六六番地上に建っているが、六七番地上にある建物と通路を共用し、それ自体は袋地となっているので、六六番、六七番を一体とした敷地上に建てられているものと判断した。

3  右共同住宅兼事務所は、昭和四四年三月一四日建築で、普通程度の経年変化であり、一階は自用、二、三階は貸室であって、賃貸部分は、そのうち三階中央より右側部分の一LDK(約四三・七四m2)の住居である。

4  本件評価に当たっては、スライド方式、差額配分方式及び比準方式により求めた試算賃料を総合勘案して、適正賃料額を求めることとした。

5  スライド方式による試算においては、都区部消費者物価指数を価格時点によって修正した率によるものは、月額一一万八〇〇〇円となり、都区部家賃推移指数を価格時点によって修正した率によるものは、月額一二万二〇〇〇円となる。

6  差額配分方式による試算においては、地価が近年急上昇しており、積算賃料を基準とするのは現実的でないので、実際の新規賃貸事例から求めた正常実質賃料を基礎として試算額を求めることとして、近隣の新規賃貸事例七件、賃貸希望事例三件に地元精通者意見を勘案し、これに本件建物の個別的要因を考慮にいれて、これを新規に賃貸する場合の正常実質賃料をm2当たり四五四〇円(三・三m2当たり一万五〇〇〇円)と査定し、敷金を三ヶ月分とし、その運用利回りを年五%と査定した結果、正常実質賃料は、二〇万一四八七円と算出された。そこで、これと実際に支払っている賃料額との差額九万〇六五四円については、これを賃貸人に半分配分することとした。その結果この方式による賃料額は一五万五〇〇〇円となる。

7  比準方式による試算においては、継続賃料は、千差万別で、的確な類似事例を収集することが困難であるが、契約更新の際の賃料の値上げ巾については、経済情勢、需給関係等を反映して、地域の普遍性が認められるので、これによることとして、近隣における七件の賃料値上げ事例に地元精通者意見を勘案して、期間上昇率を二年で一〇%(年率五%)と査定し、対応期間(昭和六一年六月一六日から平成二年三月三一日まで)に応じて乗じた結果、この方式による賃料額は一三万一〇〇〇円と算出された。

8  これら、各方式によって算出された賃料額を、それぞれの方式に伴う問題点を考慮にいれて比較対照し、実際の賃貸市場とは若干の乖離のみられるスライド方式は参考とし、他の二方式のうちより実務的な比準方式をやや重視し、地元精通者意見をも勘案して、鑑定評価額として一四万一〇〇〇円と決定した。

9  右の額は、平成二年四月一日現在における評価額であるので、平成元年四月一日現在における評価額としては、これに前記期間上昇率を適用して時点修正を加えて右時点における評価額を一三万四〇〇〇円と決定した。

二  右鑑定の結果をみると、その事実認識に特段の誤りを指摘することはできず、その資料の選択は、その目的上妥当であり、その判断過程も合理的である(殊に、差額配分方式の適用につき、従来の積算賃料を基準とするのは、土地の価格が、その実際の新規賃貸市場とは乖離して高騰していることから、現実的でないとして、これを採用していないのは、相当というべきである。)から、その鑑定結果は相当としてこれを採用すべきものと考えられる。

三  そうすると、本件建物の平成元年四月一日現在における相当賃料額は、月額一三万四〇〇〇円となるが、原告は、被告に対し、月額一三万円とする賃料増額請求をするに止まったから、同月以降の賃料額は、一三万円に増額されたものというべきである。

四  平成元年五月以降消費税として賃料額の三パーセントを原告が賃借人から支払いを受け、これを国に納付する義務が生じたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、被告は、右月以降一三万三九〇〇円を支払うべき義務を負うこととなったと認められる。

五  平成二年七月分以降の賃料の増額請求については、従前の原告の賃料増額請求の経過をみると、そうなった事情はともかくとして、昭和五六年から昭和六一年五月まで一〇万円で据え置かれ、その後も同年六月分以降が一一万円に増額されて以来、平成元年四月分まで増額請求がされなかったというように、相当長期間にわたり、賃料が据え置かれてきているのであるから、平成元年四月に賃料を増額し、更に翌年これを増額するというのは、右経過に照らし、相当性を欠くものといわざるをえない。よって、右増額請求によって、賃料が増額されたものとすることはできない。

(裁判官 中込秀樹)

<以下省略>

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